
No.71 真の音楽を楽しめる子に
中学校・高校・大学と吹奏楽のプレイヤーをしていましたが、小学校教諭として赴任した2年目、「金管バンドの指導をやってくれないか」と当時の学校長に頼まれました。「小学校でできることはしれている」と思いながら、金管バンドクラブの指導にあたりました。
その後、京都国体後に、小学校でも吹奏楽コンクールに出られることがわかり、初めて出たコンクールで関西代表として、全日本小学校フェスティバルに出演させていただきました。昭和63年のことです。
それまでの「たかがしれている」という考えを改め、コンクールに出ることが中心の活動へと移行していきました。
ある年、前年度NHKの全国学校音楽コンクールで全国1位になったということで、第7回世界吹奏楽大会“WASBE”に日本代表として出演させていただきました。そのとき、音楽の“違う”喜びを感じたのです。浜松のアクトシティーホールを埋めた海外の聴衆の方々から、小学生の演奏に会場がわれんばかりの拍手をいただき、感激いたしました。
また、韓国済州島での済州国際音楽祭にも出演させていただきました。季節は夏、会場は海岸べりに建つ3000人収容の野外ホールという素晴らしいシチュエーション。韓国放送局少年少女合唱団とのジョイントコンサートは、地元の方々にアンコールまでいただきました。プレイヤーに対する賞賛の仕方に、日本にないものを感じました。海外の方々が心から音楽を楽しむことを知っておられることに、感銘しました。
数校での小学校バンド指導でさまざまな経験をさせてもらいました。
数年前から、コンクールのことより、地域の人々に楽しんでいただける演奏をめざすようになりました。そして、自分たちの演奏を心から楽しめる子どもたちを増やしていきたい、そんなことを思う今日この頃です。
その後、京都国体後に、小学校でも吹奏楽コンクールに出られることがわかり、初めて出たコンクールで関西代表として、全日本小学校フェスティバルに出演させていただきました。昭和63年のことです。
それまでの「たかがしれている」という考えを改め、コンクールに出ることが中心の活動へと移行していきました。
ある年、前年度NHKの全国学校音楽コンクールで全国1位になったということで、第7回世界吹奏楽大会“WASBE”に日本代表として出演させていただきました。そのとき、音楽の“違う”喜びを感じたのです。浜松のアクトシティーホールを埋めた海外の聴衆の方々から、小学生の演奏に会場がわれんばかりの拍手をいただき、感激いたしました。
また、韓国済州島での済州国際音楽祭にも出演させていただきました。季節は夏、会場は海岸べりに建つ3000人収容の野外ホールという素晴らしいシチュエーション。韓国放送局少年少女合唱団とのジョイントコンサートは、地元の方々にアンコールまでいただきました。プレイヤーに対する賞賛の仕方に、日本にないものを感じました。海外の方々が心から音楽を楽しむことを知っておられることに、感銘しました。
数校での小学校バンド指導でさまざまな経験をさせてもらいました。
数年前から、コンクールのことより、地域の人々に楽しんでいただける演奏をめざすようになりました。そして、自分たちの演奏を心から楽しめる子どもたちを増やしていきたい、そんなことを思う今日この頃です。
京都府宇治市立宇治小学校金管バンド部
西川 稔
団員数:男子2名 女子43名(4年生〜6年生) ※団員数は掲載当時のものです。
部 訓:みんなに親しまれるバンドであれ