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No.90  銀行員から教師へ

 平成16年の冬、外ではクリスマスのイルミネーションが輝き、ジングルベルが家々からもれ聴こえてくる頃、鎌倉の我が家の電話が鳴りました。
「引き受けてほしい…」
電話の相手は、恩師である故鈴木竹男先生でした。その年の夏を過ぎた頃から体調を崩されていた鈴木先生は、12月に入って入退院を繰り返されながらも、ご自身の体のことは一番わかっておられたのでしょう。鈴木先生が作り、育ててきたバンドの指導者として来てほしいという内容の電話でした。
 鈴木先生とは、私が大学4年生のときに、大学合同演奏会の客演指揮者としてお招きしてからのおつきあいで、以来結婚式にもご出席いただいたり、銀行の職場吹奏楽団を立ちあげたときに運営方法のアドバイスをいただいたりと、公私にわたってたいへんお世話になっていました。しかし、いくら長くおつきあいしていただいていたとはいえ、当時メガバンクの東京本部に管理職として勤務していた私にとっては寝耳に水の話で、ましてや電話の後ろで聞き耳を立てている妻にとっては、銀行員の夫が突然学校の先生になることなど予想もしないことでした。私は事態の大きさと責任の重さにためらいながらも「わかりました、お引き受けします」と答えて受話器を置きました。そのあと夫婦喧嘩となったのは、ご想像のとおりです。幸か不幸か教員免許を持っていた私は、その3ヵ月後に家族を鎌倉に残し、単身大阪へ向かって教員生活が始まりました。大阪で一緒にバンド活動をしようと約束していた鈴木先生は、私が着任した4月1日の夜、お亡くなりになられてしまいました。学校では50人の生徒が、私をジロジロながめています。
「鈴木先生が呼んできた東京の人は、元銀行員らしい」
「そんな人にバンド指導ができるんかいな」
「西出先生と川口先生という立派な先生が、あと2人もいらっしゃるから大丈夫やで」
私の耳に、聞こうとせずとも陰口が聴こえてきます。
 私は一般の大学を卒業後、毎年ヤマハのバンドクリニックやJBA吹奏楽ゼミナールに参加し、東京では長く指揮法の個人レッスンも受けていたので、少しばかりの音楽知識はあるつもりでしたので、指揮台に立つ不安はありませんでした。
しかしながら、私の「先輩」である在校生たちの信頼を得るにはどうしたらよいか、毎日悩みの連続でした。
 赴任した高校は「阪急少年音楽隊」として50年前に発足し、700人を超える卒業生を輩出し、OB・OGは「阪急百貨店吹奏楽団」でも活躍しておられます。まったく偶然ながら、着任する前年には、この阪急百貨店吹奏楽団にも客演指揮者として迎えていただいていたので、OB・OGからはあたたかい応援をしていただけました。
 そうはいっても、これまでメガバンクという強大組織の一員として、取引会社の社長や経理部長を相手にハードネゴシエーションをしていたり、また、ときには住宅ローンやクレジットカードのセールスをしていた銀行員が、自分の息子や娘と同じ世代の、それも女子高校生を相手にするのですから、毎日悪戦苦闘の連続です。
 教師と生徒、双方様子をうかがいながら、夏のコンクール、日本管楽合奏コンテスト、そしてマーチングコンテストへの出場経験を経て、わだかまりも薄れ、最初に出会った3年生が卒業する頃には涙の別れをするまでになりました。

人生、お金だけではなく、人情で動くこともある。
人間は弱い、だから助けあって生きていく。
常に謙虚に、笑顔の人のところに人は集まっていく……。

合奏を始めるときにいつも、生徒を前にして話をします。
あの電話をもらってから6年が過ぎました。
現在の生徒たちとは人間関係も深まり、一緒に笑って、泣いて、毎日を送っています。そして、生徒たちは、もうその話はいいから、早く合奏して!と言います。
私はこれからも、鈴木先生が作り上げてこられた「吹奏楽を通じた人間形成の精神」を、次の世代へつないでいきます。

早稲田摂陵高等学校ウィンドバンド
井上 学

団員数:45名   ※団員数は掲載当時のものです。
モットー:音楽で、躍動と感動を!

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